老後の資産を支えるための最も大事な考え方は、「いくら増やすか」ではなく、資産寿命をどれだけ伸ばせるか。
その出発点は、自分のリスク許容度を客観的に測ること。
50代後半くらいになるとリタイアを意識し始めて、それまでは漠然としていた「リタイア後」が、急に現実味を帯びてくる。
たとえば、こんな景色が見え始める。
これらは、世帯年収が高くても変わらない。 むしろ、ある程度の資産があるからこそ「減らしたくない」という気持ちが強くなる。
そしてその気持ちが、運用の判断を二つの方向に引っ張ることがある。 攻めすぎる方向と、守りすぎる方向。
ここからは、まずその両極について見ていきたい。
リタイアを意識する頃になると、運用について、多くの人が二つの偏りのどちらかに振れる。 しかも、その偏りは性格の問題ではなく、過去の経験や情報源が引き起こすことが多い。
攻めすぎにも守りすぎにも、それぞれ見た目が違う2つのパターンがある。 順番に見ていく。
これまで数千万円単位のお金を本格的に運用してきた経験がない。下落相場で資産が半分になる感覚も、味わったことがない。 そんな状態で運用を始めると、無自覚に「攻めすぎ」る方向に振れることがある。
上昇相場で周囲がどんどん資産を増やしていくのを見ると、「自分にもできるはずだ」という気持ちが膨らんでくる。 情報源は YouTube、雑誌、SNS。「これだけ持っておけばいい」「今からでも間に合う」という発信が、次々と目に入る。
退職金をまとめて個別株に投入したり、米国株一極集中、レバレッジ商品、新興国への偏った投資、新NISA満額をハイリスク商品で。 順調な相場では「もっと早く始めればよかった」と思えるかもしれない。
けれど、本格的な下落局面が来ると、景色は一変する。 資産が一日で数百万、数千万単位で減っていくのを、画面で見続けることになる。
最初は「持ち続ければ戻る」と頭で言い聞かせる。 2日目、3日目と下落が続くと、夜眠れなくなる。 1週間続くと、ニュースを見るたびに胃が痛くなる。 ひと月続くと、「ここでさらに半分になったらどうしよう」という不安が、合理的な判断を覆い始める。
そして、ある日の朝、まだ下がるかもしれないという恐怖に耐えきれなくなって、底に近い水準で売る。 ここまでくると、自分のリスク許容度を超えた配分で持っていたことが、はっきり分かる。
問題は金額の大きさではなく、自分の輪郭を超えた配分にあった。
ここまでなら、「自分はちゃんと勉強した。インデックス投資にたどり着いた。だからパターンAとは違う」と思う方もいるかもしれない。
確かに、オルカンや S&P500 を中心にした長期インデックス分散投資は、個人投資家にとって最も勝率の高い王道。 そこにたどり着いたこと自体は、悪くない。むしろ、ここまで勉強してきた結果としての正解の一つ。
ただし、もう一歩踏み込まないと、別の危なさが残る。
「オルカンだから分散されている、だから大丈夫」
「インデックスだから長期で持てば必ず戻る、だから大丈夫」
「全世界に投資しているから、最悪の事態でも耐えられる」
インデックス投資は、商品としての安心感を与える。ただし、商品の安心感と、自分のリスク許容度に合っているかは、別の話になる。
たとえば、リーマンショックでは S&P500 が 2008年10月〜2009年3月の半年で 31% 下落した。 オルカンも同様に半分以下まで落ちた局面がある。1億円持っていた人が、4,000万円台まで減った計算になる。
そして、米国 Fidelity の調査によれば、その時期の行動の差は、その後 2年間で歴然となった。 売却した人の口座は、平均で 2% しか戻らなかった。 持ち続けた人の口座は、平均で 50% 増えていた。
市場に居続けるのは、感情との戦いになる。
その戦いの場面で、設計の精度が真価を問われる。
ここがポイント。 売却するか持ち続けられるかを分けるのは、商品(オルカン)の優劣ではない。自分のリスク許容度の範囲で持っているかどうか。それだけで、その後の20年が変わる。
商品が悪いのではない。 自分のリスク許容度を知らないまま、にわか知識のまま全力で乗っていることが危ない。
ここから、もう一歩勉強する。 「商品は王道だが、自分にとっての配分は適切か」を測る。 それが、インデックス投資にたどり着いた人にとっての次の一歩になる。
「ここから増やすより、減らさないことが大事」「リタイアしたら、もう運用は卒業」。 そんな思いで、リスク資産を抑える方向に振れる。
ただし、この「守りすぎ」にも、見た目が違う2つのパターンがある。
一度、ちゃんと理解しないまま株式投資に手を出して、痛い目を見た記憶がある。 あるいは、リーマンショックや暴落のニュースが頭に焼き付いている。
その感覚は、頭ではなく体に残る。 「もう、あんな思いはしたくない」「リタイア後にあれを繰り返したら、取り返しがつかない」。
こうして、リスク資産をゼロに近づける方向に振れる。 退職金を全額預金、現金比率を9割以上に。
通帳の残高は減らない。短期的には、これ以上ない安心に見える。
しかし、これがインフレ時代の恐ろしいサイレント・タックスになる。
税金は1円も取られていないのに、毎年確実に資産が削られていく。
年2%のインフレが30年続くと、1億円の実質価値は約5,500万円になる。 10年後には2割減、18年後には3割減。
通帳の数字は変わらないのに、その1億円で買えるものは、年々静かに減っていく。
このパターンの厄介なところは、本人が「自分は守りすぎていない」と思っていること。
「完全に現金で持つほど、臆病じゃない」
「ちゃんと運用も考えている。だから専門家に相談している」
「YouTube やネットの情報を鵜呑みにする攻めすぎとも違う。慎重に進めている」
確かに、リタイアを意識して運用を始めようとする姿勢は、悪くない。 ただし、知識がないまま大金を持って銀行や証券会社の窓口に行くのは、鴨が葱を背負って店に入っていくのと同じ構図になる。
自分の知り合いに、こういう人がいる。 証券会社の営業から、その時々のテーマ株をパッケージにした商品を勧められて、ずっと買い続けている。 AI、半導体、脱炭素、宇宙、ヘルスケア。話題の銘柄が詰め合わせになった商品。
本人は「儲かっている」と言う。 パッケージの中に上昇している個別株が混ざっているから、含み益は出る。月次レポートも「順調」と説明される。
ただ、構造を見ると違う景色になる。
販売手数料は2%以上。 そして、数年に一度、新しいテーマの商品に買い替える。
数年ごとに2%以上の手数料を払い続け、買い替えるたびに、それまで積み上がっていた複利の土台がリセットされる。 長期で見れば、複利効果はほぼゼロに近づいていく。
長期投資の威力(複利)を取り戻すために運用を始めたのに、その威力を全部、金融機関の手数料に渡している。 本人の主観では運用を続けているつもりが、構造的には博打に付き合わされ続けているだけ。
専門家任せ型のもう一つの厄介さは、毎月レポートが届き「順調ですよ」と説明され続けることで、表面上は「ちゃんと運用している」感覚が長く続くこと。 気づくのは、20年経って通帳を見た時か、誰かに構造を指摘された時。 そのとき、戻ってきたはずの複利は、もう取り戻せない。
整理すると、リタイアを意識する頃に振れやすい偏りには4つのパターンがある。
4つの偏りは、見た目はそれぞれ違う。けれど、向かう先は同じ。 どれも、資産寿命を縮める方向に向かっている。
収入が年金しかない老後を考えると、どの偏りも危険になる。 過信も、商品への安心感も、過去の傷も、専門家への信頼も、それ自体は自然な反応。 ただ、リタイア前後はその偏りを一度リセットして、自分の事情から設計を組み直す節目になる。
4つの偏りのどれでもなく、自分の事情から逆算する設計。 それを支えるのは、ひとつのシンプルな考え方になる。
許容度を超えた配分で持っていれば、下落局面で耐えきれずに手放す。 許容度より控えめすぎれば、インフレで資産が静かに削られる。 専門家に任せきりなら、手数料で複利が半減する。 どれも、長期で続けることができない。
自分の許容度の中で、自分で組まれた PF だけが、20〜30年という単位の運用を続けさせてくれる。
そしてその PF は、金融機関に作ってもらうのではなく、自分で設計できる力が必要になる。
複利の力は、続けた人にだけ働く。 途中で降りた人にも、手数料に取られ続けた人にも、回復局面の上昇は届かない。
リタイア後の20〜30年も、この構造は変わらない。 取り崩しながらでも、残りの資産は運用を続ける。 これが、資産寿命を伸ばす王道になる。
ここがもう一つ重要なポイントになる。
リスク許容度は、一度測れば一生変わらないものではない。 ライフイベントを経るたびに、自分が市場下落にどこまで耐えられるかは、静かに変わっていく。
こうした節目を迎えるたびに、許容度は変わる。 配分も、見直しが必要になる。
一度測って終わりではなく、節目ごとに見直し続ける。
それが、リスク許容度を礎とする設計の本質になる。
リタイア前後の年代は、まさにこうした節目が連続する時期。 だからこそ、ここで一度ちゃんと測り直す価値がある。
ここまでで、「リスク許容度に合わせた PF を持ち続けることが王道」というのは見えてきた。 では、その許容度はどう測ればいいのか。
世間でよく見かけるのは、いくつかの定型ルールや、金融機関で受ける簡易な質問。 けれど、これらでは届かない範囲がある。
リスク資産比率の決め方として、「100−年齢」「110−年齢」というルールがある。 60歳なら100−60で、リスク資産40%。これが世間で使われる目安。
このルール自体は、ざっくりした出発点としては悪くない。 ただ、同じ60代でも、事情は人によって全く違う。
たとえば、こんな3つのケースを並べてみる。
3つとも同じ60代だが、適切なリスク許容度も、PF 構成も全く違う設計になる。 定型ルールでは、ここに届かない。
銀行や証券会社の窓口でも、簡単なリスク許容度の質問を受けることがある。 ただ、5問〜10問程度のチェックリストで、自分の輪郭を測れるかというと、難しい。
加えて、金融機関には商品販売のインセンティブがある。 許容度の判定が「あなたに合うのはこの商品」という提案につながりやすい構造は、客観的な計測とは別物として扱ったほうがいい。
定型ルールでも、簡易な質問でもなく、自分の事情を踏まえて中立に測る。
このサイトの診断は、米国大学の学術調査をベースに日本向けに設計したもの。 20問・5分で、市場下落にどこまで耐えられるかが、客観的な数字として出る。
診断結果は、Lv1からLv7までの7段階で表示される。 Lv1が最も保守的なリスク許容度、Lv7が最も積極的なリスク許容度。 自分がこの7段階のどこに位置するのかが分かると、それに合った PF の方向性も見えてくる。
「自分は何%までの下落なら耐えられるのか」が数字で見えると、攻めすぎでも守りすぎでもない、自分の事情に合わせた配分の出発点が立ち上がる。
ここまで書いてきたことは、すべて運営者の経験を通して考えてきたこと。
30代の後半、勢いに任せて株式に数千万円を入れた時期がある。 当時はまだ会社員で、入金力にも自信があった。 だから、下がっても回復するまで持ち続ければいい、と頭では分かっていた。
けれど、いざ大きな下落が来た時、その「頭での理解」は機能しなかった。 数千万円の含み損を抱えて夜眠れなくなり、結局、底に近い水準で売却してしまった。
問題は金額の大きさではなく、リスク許容度を超えた配分で運用していたこと。 今の言葉で言えば「攻めすぎ・無謀型」だった。
その後、ある米国保険会社の許容度診断に出会った。リスク許容度という概念こそが最も大切で、その指標をもとにポートフォリオを設計するという考え方が、ようやく腹落ちした瞬間だった。
その基盤を整備できたことで、その後は入金力を最大化することに全集中。 40代半ばまでに数億の資産を作り、48歳でセミリタイアできるまでになった。
今は伊豆で暮らしながら、海と山と温泉に囲まれて穏やかな日々を過ごしている。
ここまで書いてきたことを、あなた自身の数字で確かめるためのツールを2つ用意している。
米国大学の学術調査をベースに、日本向けに設計した詳細診断。 20問に答えると、自分が市場下落にどこまで耐えられるかが、Lv1からLv7の7段階で出る。
「自分は何%までの下落なら耐えられるのか」
「同じ年代・収入の人と比べて、自分はどの位置にいるのか」
これが見えると、攻めすぎでも守りすぎでもない、自分の事情に合わせた配分の出発点が立ち上がる。
リスク許容度が測れたら、次は自分の今のポートフォリオを、その許容度に照らし合わせて点検する。
許容度を超えた配分で持っているなら「攻めすぎ」、許容度より控えめなら「守りすぎ」。 どちらも、20〜30年の運用期間では資産寿命を縮める方向に効いてくる。
リタイア後の20〜30年を支えるのは、攻めすぎず守りすぎず、土台のある設計を持ち続けること。
その出発点が、自分のリスク許容度を一度ちゃんと測り、節目ごとに見直し続けること。
このサイトの運営者については、/about を参照してください。